お前も茶漬けにしてやろうか!-茶柱の人生丸茶漬け-

見た作品のその時々の感想置き場

『スパイダーマン:スパイダーバース』レビュー:アメコミ映像化の到達点

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(以下NWH)を観てからちょうど1年になる。幼少期にサム・ライミスパイダーマンを観て育った私はその内容に歓喜し、MCUもここまで来たか、と驚愕したものだ。

一方で私は、『NWH』と同じくマルチバースを題材にしつつ、MCUからは独立したアニメ作品の『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)を観ていなかった。この映画が公開した当時、『アベンジャーズ:エンドゲーム』(2019)を目前に控えたMCUに執心していた私は、「アニメはちょっとな」と劇場に足を運ぶことはなかったのだ。

それ以来いつか観よう観ようと思いつつ先送りにしていたのだが、正月に実家に帰ったタイミングで、弟のお墨付きもあって家族で観ることになった。

評判は聞いていたが、期待をはるかに上回る面白さだった。

映像面からストーリーまで隙がなく、その上個性もものすごく際立っている。これがシリーズものでなく単体で成立しているのが不思議なくらいだ。

以下ネタバレ注意。

 

 

 

 

 

 

コミックをそのまま動かしたかのような映像

本作を表現するならこの言葉が最適だと思う。コミックの内容を映像に落とし込んだ所謂「映像化」とも違い、コミックがそのまま動いているような感覚。

コミック的な要素が映像からストーリーまで作品全体を通した軸になっており、映像作品としては単なるアニメを超えた個性を獲得することに成功している。

まず色遣いについて、背景の色が同じ場所でも場面によって緑からピンク、ピンクから黄色になるなど、配色が一定でない様はアメコミ独特のものではないだろうか。背景以外にもマイルスの趣味であるグラフィティから夜の街の灯、暴走した加速器いる。

また、陰影が3DCGにしてはくっきりし過ぎていて、スクリーントーンを貼ったかのようだ。人や物の表面にドット模様が見えるのもスクリーントーンをイメージしたものだろう。

更に、異世界から現れるスパイダーマンたちの中でも、ノワールは白黒漫画、ハムはカートゥーン、ペニーは日本のアニメを連想させ、漫画・アニメの表現のバリエーションを体現していて面白い。何より表情や挙動、質感から異次元の人物であることが一目でわかるのがアニメならではで、実写では困難だろう。

他にも、キャラクターの動きがどこかカクカクしていてパラパラ漫画のようになっていたり、吹き出しやコマ割りなどの漫画の技法がそのまま取り入れられていたり、コミックを意識した映像づくりが徹底して行われている。スパイダーマンたちの自己紹介に至っては各々が主役のコミックを紹介するという形で行われており、そこに主人公マイルスが加わったときの感動は忘れられない。

スパイダーマン好きならずとも楽しめるストーリー

キングピンの野望を止めようとした先代スパイダーマンが殉職し、同じくクモに噛まれ超能力を得ていた主人公マイルスは彼の後を託される。そんなマイルスの下に、加速器の影響で異次元からスパイダーマンたちが集まる。

本作のストーリーの軸はマイルスがスパイダーマンとして自立する、典型的なオリジンものであり、そこにマルチバースものとしての要素が組み合わされた形である。そうして展開される物語は、スパイダーマンらしいものでありつつ普遍的なメッセージも含んだ周到なものである。(この点は多くの予備知識を必要とするNWH、ひいてはMCUと対照的である。)

本作に登場するスパイダーマンたちのほとんどは、マイノリティであったり欠点を抱えていたりする、いわば不完全なスパイダーマンだ。堕落した中年のピーター・B・パーカー、女性のグウェン、色のないノワール、自分で戦わないペニー、人間じゃないハム。殉職した先代スパイダーマンがプライベートでもヒーローとしても成功していたのとは対照的である。

それでいて彼らは全員がスパイダーマンであり、スパイダーマンが避け得ない喪失と孤独を経験している。そんな彼らが力を合わせて戦い、自分は一人でないことを知って孤独を癒す本作は、そのまま自信のない人々やマイノリティの人々へのエールになっている。

また、特筆すべきなのがまとまりの良さで、オリジンとマルチバースを同時にやりつつ、きっちり2時間弱に納めているのが素晴らしい。オリジンとマルチバースの各要素が相互作用を起こして円滑に話が進んでいるからだろう。例えば、オリジンものには「ヒーローの活躍が遅くなる」という問題がつきものだが、本作は異次元のスパイダーマンを活躍させてこれを克服している。

更に、本作は説明シーンが非常にコンパクトだ。これは「漫画だから」許されることでもあり、何よりジョークですべてを片づけてしまえるスパイダーマンだからこそなせる業だろう。

総評

MCU全盛の中公開された本作は、その勢いに負けないだけの個性的で魅力的な世界を作り出した。それはまるでコミックがそのまま動いているかのようであり、単なるアニメ化とは一線を画している。ストーリーはスパイダーマンらしくも普遍的なものであり、誰が見ても楽しめる作品になっているといえるだろう。