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『第9地区』感想:日本の特撮ヒーローファンが観るべき映画!

ウルトラマンブレーザー』最終回を観てから、UFOやエイリアンとの対話を描いた映画を探していて出会った『第9地区』。

2009年公開の映画で私はほとんど知らなかったけど、もうポスターの時点で求めてるタイプの映画なのは明白だったので観たら、最高だった。

エイリアンの文脈も素晴らしいのだが、表題の通り日本の特撮ヒーローファンとして刺さる要素が複数あってかなり楽しめた。

いつも通りネタバレ全開で感想を書くが、もしまだ観ていない方が読んでいれば先に本編を観て欲しい。出来るだけ先入観を入れずに観た方が面白い映画だと思うので。

報道の暴力

本作は所謂フェイクドキュメンタリーの手法を用いている。後半はドラマ的要素が強まるが、その中でも監視カメラや報道ヘリからのニュース映像が挿入され映像的な一貫性を作っている。

UFOやエイリアンが登場する世界とそれらが現れ定着した経緯を視覚的に端的に説明する冒頭シーンは、観客を一気にこの世界に引き込むパワーがある。巧いのはエイリアンやUFOの設定を確定的なものではなく、飽くまでインタビューを受けた人々の解釈としてしか描いていないこと。これによりエイリアン周りの神秘性を保ちつつ、この世界が彼らをどう受け入れたか等のこの世界の価値観がわかる。(作品を観進めていくとわかるが、彼らの解釈の中には明確に外れているものもあれば当たっているものもある。)

 

さらに主人公ディカスの関係者へのインタビュー映像を通して、彼に何かが起こった事を序盤から提示することで物語の推進力を作っている。最初は曖昧だった表現が徐々に具体的になっていくのと、ディカスにその何かが起こるまでのドラマの進行がリンクしており、真相がわかる瞬間の衝撃も高めている。

 

そして最も印象的なのが、ドラマ上の意味とは別にこれらの映像自体が報道の危険性を浮き彫りにしていること。

ニュースに映るエイリアンは粗暴な行動が目立つが、これらは偏向報道である可能性がある。上記のインタビュー映像では、「有識者」の発言のエビデンスは示されず、ディカスの関係者たちはいわば手前勝手な「お気持ち表明」をしているだけで、どちらも客観的事実とは程遠い。

そして実際に主人公ディカスは中盤、根も葉もない醜聞ひとつを暴力的ともいえる拡散力で広められたことであっけなく社会的信用を失ってしまう。これが単にエイリアンとの共謀などではなく性的関係という生理的嫌悪感を煽る内容で、受け手の理性的判断力を失わせているのが狡猾なところ。

また追われる身となったディカスの境遇からわかるように、ゴミ漁りや窃盗などは過酷な環境で生き抜くための苦肉の策でもある。しかし特定の人々を虐げたい側からすれば、彼らから権利を奪えば奪うほど彼らの社会的信用を下げられるという最悪な一石二鳥の仕組みが出来上がっている。

これら一連の映像を視聴者として見せられる観客は、この映画内だけでなく普段自分が見ている映像も意図的に編集されたものではないかという疑念を否応なく抱くだろう。それら全てを疑うことがいかに難しいかは考えるまでもなく、「世論が誘導されている」という普段は眉唾に聞こえる言説が嫌な現実味を帯びてくる。それを野暮な説明ではなく、資料的な映像を通して肌で感じさせてくるのがとても巧い。

普通の人

本作の主人公のディカス・ファン・デ・メルヴェは冴えない小役人的な男で、登場シーンからして主人公らしいカリスマなど皆無なのだが、これが本作の物語には最適だった。

彼が作中で最初に行う仕事がエイリアンへの立ち退き交渉(実態は強制移住)なのだが、この一連の交渉シーンの描写が秀逸。

エイリアンへの侮蔑をむき出しにする傭兵たちと違って彼は真摯な態度で対話に臨んでいる……と言いたいところだが、実際は差別行動のオンパレードである。

「エビ(prawn)」という蔑称に疑問すら持たず、行動ひとつひとつから相手を知能の低いものと見下していることが見て取れる。これらがまあ結構な長さでねちっこく描写されていて目を覆いたくなる。具体的に挙げていくとキリがないが、最も印象的なのはやはり「中絶」だろう。そもそも地球人の法や常識に詳しくないのを良いことに都合を押し付け、現在より劣悪な居住地を快適だと偽って移住させようとするこの交渉そのものが暴力的である。

彼が温厚な人物なのは間違いなく、本人なりに真摯な対話を心掛けているのだと思う。だがそんな彼でさえ、ということである。ディカスのような普通の、つまり差別主義者や過激派を自認しない人々が、自分と相手が対等ではないと当たり前に思っている。この差別描写が恐ろしくリアルで、現実でも上記のような暴力が平然と行われていたことが想像に難くない。(つい30年前までアパルトヘイトが行われていた南アフリカが舞台というのも、無関係と考える方が無理がある。)

そして極めて自然に在る差別が生々しく徹底的にリアルに描かれ、主人公がそれに疑問を抱かない凡人であることがこの映画の二つの劇的な「嘘」を映えさせている。

 

ひとつはディカスの「変身」。

ディカスはある液体を浴びたことで肉体が徐々にエイリアンに変化していくのだが、これにより彼は一転差別される側に立たされ、その恐ろしさを嫌というほど味わうことになる。

恐らくディカスは先述したような差別行動を無意識に「知能の低い相手に合わせている」と正当化していただろうが、実際にはそれは間違いだった。相手が言葉が通じようが何を考えていようが差別をする側の都合で簡単に握りつぶされるのだと、比喩ではなく身をもって彼は体験する。

もうひとつは、本作終盤のディカスを巡る因果。

ディカスは身体が変化し始めてから次第に冷静さを失い、自己中心的な行動が目立つようになってくる。そして液体の使い道を巡ってクリストファーと争い彼を裏切ってしまうのだが、司令船は撃墜され二人とも捕らわれ全てが上手くいかない。その後、パワードスーツの力で何とか脱出したディカスは、今度はクリストファーを助け自身が囮になり、最終的にクリストファーは母船へ戻ることに成功する。

私はここは「団結すれば立ち分裂すれば倒れる」あるいは自己犠牲の美しさなど、割とシンプルに熱い展開だと思ったのだが、これは本作の(特に前半の)ドキュメンタリックな作風には一見似つかわしくないように思える。しかしそうではなくて、前述したようにむしろリアリティで地盤を固めているからこそ劇的な展開が活きるのだ。

ディカスは徹底的に凡人として描かれており、観客から(英雄への憧れではなく)卑近な人物として共感を得る。だからこそ彼の身に降りかかる悲劇と、最終的に彼が見せる勇気の尊さが一際心に訴えかけるものになるのだと私は思う。

特撮ファンとして

ここまで本作のフェイクドキュメンタリーとして優れた部分に言及してきたが、監督によると本作は政治的な映画ではなく、娯楽作品として作られたものらしい。

実際、作品後半で繰り広げられる白兵戦や、パワードスーツでの大立ち回りなどアクションシーンはかなり見応えがある。ゴア描写も(ギャングや傭兵のクズっぷりも込みで)爽快感があるいい塩梅だと思う。またエイリアンの武器や、クリストファーの家の研究設備や司令船の内装など、メカ・ガジェットの造形もかっこよくワクワクさせられる。

しかしそれ以上に、日本の特撮ファンとして見逃せない描写がこの作品にはあって、正直言って私が本作を好きになった一番の決め手はそれらだった。一応断っておくと、監督が日本の特撮番組を参考にしたというソースはないし、そういう主張をしている訳でも勿論ない。オタクが勝手に結びつけて喜んでいるだけなので誤解なきよう。

 

まずは勿論、「エビ」と呼ばれる本作のエイリアン。私は『ウルトラマンブレーザー』のV99及びその考察で名前が挙がるバルタン星人的なものを求めて本作を観たのだが、そういう意味で本作はドンピシャだった。昆虫・甲殻類っぽい造形といい具合に作り物っぽい質感が、リアル寄りで西洋風のバルタン星人に私の眼には映って、大変満足だった。

また本作ではエイリアンの視点からの描写は最低限に抑えられており、彼らの生態や文化などは飽くまでディカスや「有識者」の解釈として描かれる。この他者を理解したつもりにならない真摯な描き方も、V99と同じで求めていたそれだった。

 

そしてこちらは予想外だったのだが、本作には仮面ライダーに通じる要素もある。身体に異変が起きたディカスはMNUの研究施設に捕らわれるが、隙を見て脱出する。(エイリアンが昆虫っぽいのもあるが)このシーン、完全に改造手術後にショッカーから脱走する仮面ライダーじゃん!

というかむしろ、手術の様子を詳細に映した仮面ライダーの前例は私は知らないので、何なら仮面ライダーとしても新しいのではないか。実験の凄惨さやそれを実行する奴らの酷薄さを描くことで脱走するディカスを観客が応援したくなるつくりは、改造⇒脱走という仮面ライダーの様式に感情を乗せていて画期的だとさえ思った。私が本作で最も興奮したシーンはここだった。(ディカスが受けた実験は改造手術ではなく変身の原因は別にある、ディカスはその後臓器売買のために殺害されるところだった、という違いがあるのでこじつけ感は否めないが。)

また主人公が人間から被差別民であるエイリアンに変化するという展開は『仮面ライダーBLACK SUN』と重なる。『BLACK SUN』の差別描写がはっきり言ってかなり杜撰だったことを考えると、本作は『BLACK SUN』に当初期待されていたものを見せてくれていると思える。

 

まあ、これらの要素は普通にエンタメとして楽しめるものなので、無理に特撮に結び付けて観る必要はないし、失礼に感じる人もいるかもしれない。しかし自分はそれがあったから一層本作を好きになったのは事実なので、敢えてこういう形で感想を述べさせてもらう。

おわりに

本当に面白かった。フェイクドキュメンタリーをSF設定とそこにはびこる差別と絡め、メッセージ性もドラマ的盛り上がりにも活かしているのが本当に秀逸で、アクションを始めとした映像美や俳優の演技も素晴らしい傑作だと思う。ハリウッドとしては低予算で、監督はこれが長編初監督だというのが信じられない。

特撮ファンとして惹かれるポイントもあり、何なら本家(?)よりいいじゃん!とさえ思えてしまう部分も多々あった。日本の特撮ももっと頑張って欲しい、というのは無責任な発言だけど、本当に頑張って欲しい。応援してるから。